2020(令和2)年1月に明らかになった一般社団法人全日本吹奏楽連盟(東京都千代田区、石津谷治法理事長)の不正受給問題。民事では元事務局長らの受給が不法行為と断定され約1億5000万円の賠償金支払いが命じられた一方、刑事では不起訴となり司法判断が確定した。
裁判に提出されなかった「聴取音声記録」
昨年9月26日、東京高等裁判所の法廷には全日本吹奏楽連盟の石津谷(いしづや)理事長の姿があった。開廷とともに控訴棄却を告げる裁判長の声が法廷に響き判決はあっという間に終わった。廊下に出た理事長にコメントを求めると「これでひと安心。全国の関係者に我々の主張が正しかったことを報告したい。連盟として問題をしっかり総括して今後の運営を担っていきたい」と話した。
石津谷氏は丸谷明夫氏の理事長退任に伴い2021(令和3)年5月に理事長に就任した。不正受給が行われていたとされる2010(平成22)年4月から2019(令和元)年12月の間は丸谷氏とその前任の平松久司氏が理事長を務めていた。平松氏と丸谷氏は問題の核心を知っていたはずだが、平松氏は2021(令和3)年3月に、丸谷氏も同12月に死去し2人が法廷で証言することはなかった。しかし、連盟は生前に2人を聴取しており、一審東京地裁にその内容を陳述書として書面を提出して証拠採用されていた。被告の元事務局長側は陳述書の信ぴょう性に疑問を呈し、連盟が聴取時に録音した音声記録を裁判所に提出するように求めたが、連盟は「捜査機関に提出している」などとして音声記録を東京地裁に提出することなく判決は行われた。
検察審査会に不服を申し立てた連盟
このため控訴審で元事務局長側は、東京高裁に連盟聴取の音声記録を確認するように求める申し立てを行ったが、東京高裁は申し立てを受け入れなかったことから控訴棄却はおおむね予想された判決だった。東京高裁の判決を受けて元事務局長側は上告も検討したようだが、最終的に断念し約1億5000万円の損害賠償を命じた東京地裁判決が確定した。2020(令和2)年3月の提訴から4年半の年月が流れていた。この問題をめぐる司法上の決着は東京高裁判決をもって終結したと思われたが、実はまだ終わっていなかった。当時の理事長聴取の音声記録について連盟は「捜査機関に提出している」として地裁に提出されなかったが、連盟によると民事提訴をしたその年の秋に元事務局長を業務上横領で刑事告訴し、翌2021(令和3)年の秋に告訴は受理されたという。
そして関係者によると2023(令和5)年12月に東京地検は元事務局長を不起訴処分にした。その2カ月後の昨年2月に東京地裁は元事務局長らの受給を不法行為と断じて損害賠償を命じる連盟全面勝訴の判決を出した。これに対して元事務局長は訴えがまったく認められなかったとして控訴。一方、連盟は控訴から約1カ月後の昨年4月、元事務局長の不起訴処分を不服として検察審査会に申し立てを行ったのだ。東京高裁が控訴棄却の判決を出した昨年9月26日の時点で検察審査会は結論を出しておらず、その判断次第では再捜査となる可能性もあった。しかし、東京高裁判決後の昨年10月、検察審査会は不起訴相当とする審査結果を出し、よって民事は全額賠償、刑事は不起訴の司法判断が確定した。
なお残された1億5000万円の謎
東京地裁は、理事長は承認していたとする元事務局長側の主張に対し、承認を裏付ける客観的な証拠はなく理事長決済印のある実支給額の給与表も存在しない、異常な実支給額を承認し、それを秘匿するメリットや理由が理事長にあったとは考えられないとして元事務局長の行為について地位を利用した不法行為と断定し東京高裁も地裁判決を支持したわけだが、一方で当時、連盟が事務局長らの支給額をどのように決定していたのか明らかにされず、高額支給が10年近くも続いていたことについても「不作為」の疑念が残る。連盟の聴取に対して当時の理事長2氏は高額な支給を認めたことはないと話したとされる陳述書を連盟は法廷に提出したが、聴取の音声記録が提出されることはなかった。一方、捜査機関には音声記録が提出され東京地検は不起訴処分とした。元事務局長らの行為は黒に近い灰色のまま、民事は全額賠償を判断し、疑わしきは罰せずを原則とする刑事は不起訴になったと考えられる。司法上の争いは決着したが全日本吹奏楽連盟をめぐる1億5000万円の謎は残った。
元事務局長が理事長に対して給与のアップなど待遇改善を求めていたことは確かなようだが、実支給額はどのようにして決定されたのだろうか? そして10年近く続いた高額支給の財源はどのようにして捻出されたのか? 当サイトがレポートしたように全日本吹奏楽連盟は国の制度改革に伴い2013(平成25)年4月に公益法人から一般社団法人へと移行した。公益法人として得た資産である公益目的資産を計画にもとづいて支出していくことが義務付けられている団体であるが、不正受給期間における会計実態が明らかになることはなかった。不正発覚後に連盟が行った聴取で今は亡き当時の理事長は何を語ったのだろう? それを知る得る音声記録が明らかになることはもはやないだろう。
(フリーライター・三好達也)