一般社団法人全日本吹奏楽連盟(東京都千代田区、石津谷治法理事長)の不正受給問題をめぐる民事訴訟は一審で原告の連盟が勝訴し東京地裁は被告の元事務局長らに約1億5000万円の支払いを命じた。東京地裁は判決で、元事務局長らが当時の理事長の承認を得ないまま多額の給与を不正に受給したと断じた。しかし、一審で不正な実態が明るみになったのかというと必ずしもそうとは言えない。訴訟から見えてきた事実を検証し改めてこの問題について考えてみる。
事務局長らの給与・賞与は別途定められていた
この裁判は2日間にわたり行われた口頭弁論をのぞき非開示で進められてきたので原告と被告のやりとりの詳細は不明なのだが、東京地裁の判決文を読む限り以下①②の2点については事実として認められるようである。
①元事務局長が事務局長に就任する以前は、事務局長、事務局次長を含む事務局職員の給与・賞与は、給与細則にもとづき支給されており、毎年4月に当該年度の給与額及び賞与の基準を定めた給与表が作成され、理事長の決裁印を得ていた。
②元事務局長が事務局長に就任した際、事務局長と事務局次長の給与・賞与については別途定める旨の規定を含む給与細則の改定案が提案され、当時の理事長はこれを了承した。
つまり元事務局長が事務局長に就任する以前は事務局長、事務局次長を含む事務局職員全員の給与・賞与は給与細則の規定にもとづいて算出され、年度初めに理事長が給与表に決裁印を押すことで決定していたが、元事務局長が事務局長に就任した際、事務局長と事務局次長の給与・賞与については給与細則の規定とは別に定める旨の給与細則の改定案が提案され、理事長もこれを承認したというのだ。
では理事長が承認して改定された給与細則において事務局長と事務局次長の給与・賞与はどのように決定されることになったのかというと、そこが曖昧なのだが、少なくとも被告の元事務局長の主張によれば事務局長と理事長間で決めることになったということであり、判決文においても事務局長と事務局次長の給与等は理事長と事務局長との合意で決定されると被告の元事務局長は主張していると記している。それゆえ被告の元事務局長は理事長から実支給額受給の承認を得ていたと主張し、不正受給ではなく正当な受給だという主張が展開された。
これに対して原告・連盟側は、元事務局長が主張する理事長の承認はなかったとの主張に終始し、東京地裁も理事長の承認はなかったと結論づけたわけだが、では給与細則の改定後の事務局長と事務局次長の給与・賞与決定のプロセス、つまり事務局長と事務局次長の給与・賞与額はいつ、どこで、どのようにして決まったのかという点について連盟は具体的に明らかにしておらず、少なくとも口頭弁論を傍聴した限りその説明はなかった。連盟は当時の理事長に聴取しているのだから、給与細則の改定に伴って事務局長と事務局次長の給与をどのように決定したのか理事長に確認し得たはずだが、その点について連盟ははっきりした説明をしていない印象を受ける。
決済印のある給与表と決済印がない支払い表
ところで理事長の承認はなかったと一審判決を決定付けたのは給与表と支払表における理事長の決済印の有無だった。給与表とは事務局職員の給与等を記した表で、冒頭に記したように元事務局長が事務局長に就任する以前より年度初めに理事長が給与表に決済印を押すことで事務局職員の給与が決裁されていた。この給与表への理事長決裁は元事務局長が事務局長に就任し給与細則が改定された後も継続されていたようで、決裁された給与表はファイリングされて事務局が保管し総会に提出されていたようだ。一方で元事務局長のデスクには支払表なるものが残されていたという。支払表には実際に支払われた不正受給とされている額が記されていた支払表と給与表に記載されていた額に合わせた金額を記した支払表の2種類があり、残っていた支払表は一部の期間にとどまるようである。そして、いずれの支払表にも理事長の決済印はなかったという。
給与表には理事長の決済印があり、実支給額を記した支払表には理事長の決済印がないのだから理事長が承認していた給与は給与表に記されていた額であり、理事長の決済印のない支払表記載の実支給額を理事長が承認していたとは言えず不正受給だというのが原告連盟の主張であり、東京地裁もこれを認めて不正受給を認定した。これに対して被告の元事務局長は、給与表と支払表の両方を事務局長に見せ、給与表のみに決済印が押されて戻ってきたと主張しているという。
ここでやや疑問に感じるのは給与表に記載されていた事務局長、事務局次長の給与額とは一体どのようなものであったのか?ということだ。つまり事務局長と事務局次長の給与については別途定めるとした給与細則の改定が反映された給与が給与表に反映されていたのだろうか? 仮にそうではなく従来の方法で算出した給与額が記載されていたのであれば、給与細則を反映していない給与額が記された給与表になぜ理事長が決済印を押したのかという疑問が残るし、給与細則を反映した額が記載されていたのであればその給与額はいつ、どこで、どのようにして決まったのかという疑問が生じる。
構造的な問題を指摘している第三者委員会報告書
一審判決を受けて連盟の石津谷治法理事長は「東京地方裁判所民事部は当連盟の主張を認め、全面勝訴の判決を言い渡しました」とのコメントを発表した。東京地裁判決を読む限り不正受給は元事務局長によって不法に行われ、元事務局次長は不法行為と認識しつつそれを見過ごしほう助したということになるのだが、連盟が設置した第三者委員会(メンバー非公開)が2020(令和2)年6月に報告した内容をまとめた会報「すいそうがく」掲載の記事「不祥事に対する原因及び再発防止に関する報告書」では、不正受給が起きた原因として業務を事実上事務局に任せざるを得なかった連盟の歴史的風土をあげ、問題の本質について今回の問題が起きる以前から存在する長期的・構造的なものに根ざしていると指摘している。
不正受給が起きた原因には連盟の長期的・構造的な問題があると結論付けた第三者委員会報告と元事務局長らの行為を不法と断じた東京地裁判決。両者の判断にはやや温度差があるようにも感じられる。一連の取材を通して感じたのは全日本吹奏楽連盟はとても閉鎖的で外部からは見えにくい組織だということだ。コンクールなどイベントに関する情報発信には熱心だが、組織についての開示はほぼ行われず、外部からの問い合わせにも積極的に対応しようとしない。風通しの悪さが淀みを生み、今回の問題を生んだのではないだろうか?
(フリーライター・三好達也)