前回の記事では全日本吹奏楽連盟がどのような組織なのかについて概観したが、全日本吹奏楽コンクールなど毎年実施している事業の運営費用はどのように捻出され、どのように処理されているのだろうか? 全日本吹奏楽連盟の経済的な側面について検証してみる。
収入の90%は事業収入
右の図は一般社団法人全日本吹奏楽連盟の会報「すいそうがく」2022年7月号に掲載されている同連盟の直近(2021年度)の決算における収入の内訳を示したものである。収入の合計は2億1730万5000円で、うち90%近くが事業収入(1億9045万5000円)であり、他は会費収入が5%弱(1041万円)、残り5%を補助金・協賛金収入(1220万5000円)、そしてわずかに財産収入、その他収入がある。つまり一般社団法人全日本吹奏楽連盟は収入のほとんどを事業収入で賄っている団体だと言える。
では事業収入とは何か?というと、全日本吹奏楽コンクールをはじめ主催しているコンクールの入場料やコンクールで演奏する課題曲の楽譜や演奏の見本となるCD・DVD販売等である。ちなみに2021年度の全国吹奏楽コンクールは新型コロナ感染症の影響により、入場者数を制限して開催したことから入場チケットの売り上げは限定的だったものの、ライブ配信を視聴するためのチケット販売が好調だったようだ。
事業収入を除いた残り10%は会費収入と補助金・協賛金収入でほぼ占めている。会費収入とは、正会員である全国の62吹奏楽連盟の代表者と維持会員が毎年納めている会費である。名誉会員に会費はない。維持会員は連盟の活動に賛同する会員で基本的に企業とみられ、会報「すいそうがく」によると年会費は7万円、2021年度の維持会員数は43社ということなので、維持会員の会費合計は301万円になる。
課題曲楽譜等を加盟団体に販売
また、会報「すいそうがく」によると正会員の年会費は、加盟1団体あたり500円だという。前回記事に記したように吹奏楽の団体が全日本吹奏楽コンクール等に出場するには、その団体が活動している地域の吹奏楽連盟に加盟しなければならず、加盟団体は加盟した地域の吹奏楽連盟に会費を納めなければならない。加盟団体の会費が全国一律なのか、地域により異なるのか不明だが、例えば神奈川県吹奏楽連盟の規約では、支部連盟に対して1加盟団体あたり7000円の会費を年会費として納めると定めている。
神奈川県吹奏楽連盟には8つの支部連盟があり、2022年度のデータではこれら8つの支部連盟に計685団体が加盟しているので県連盟には約480万円の会費が納められると考えられる。また、県連盟が全日本吹奏楽連盟に納める会費は1加盟団体あたり500円、計約34万円になると計算上考えられる。つまり加盟団体が支払う会費のほとんどは地域の吹奏楽連盟の活動費に充てられて、ごく一部が全日本吹奏楽連盟の収入になっている。全日本吹奏楽連盟の会費収入は1000万円程度で収入総額の5%程度にすぎない。
全日本吹奏楽連盟の収入のほとんどは事業収入である。しかし、この事業収入もコンクールの課題曲の楽譜や練習用CD・DVD等を加盟団体に販売して得られるので、実質的には加盟団体から得ている収入だと言える。全日本吹奏楽連盟の正会員である各地の吹奏楽連盟は主に加盟団体の会費で活動し、全日本吹奏楽連盟は加盟団体に楽譜などを販売して得た収入で活動していると言える。また、加盟団体の多くは中学と高校の団体なので、コンクール入場料の購入者のほとんどは父兄や友達、学校関係者などだろう。つまり全日本吹奏楽連盟の事業は経済的にも、加盟団体とそれら加盟団体を取り巻く学校や教育、地域社会等と深く結びついて成り立っている。
2013年4月から一般社団法人に
全日本吹奏楽連盟は公益法人として文科省の所管で活動をしてきたが、国の公益法人制度改革を受けて2013(平成25)年4月に一般社団法人になった経緯がある。一般社団法人には、株式会社と同じようにすべての所得に課税される営利型と収益事業の所得のみに課税される非営利型がある。全日本吹奏楽連盟は定款で精算時の残余財産の取り扱いを規定していることから課税が優遇される非営利型の一般社団法人とみられる。1億5000万円にものぼる不正受給は、このような団体において10年間にわたり継続して起きていた問題なのだ。
全日本吹奏楽連盟によると、1億5000万円もの不正受給は解雇した元事務局長と元事務局次長がそれぞれ事務局長、事務局次長に就任した2010(平成22)年4月から問題が発覚した2019(令和元)年12月まで継続して行われ、2人の給与・賞与への水増し分はコンクールなどの会場費や課題曲の楽譜制作費等に付け替えられていたという。例えば2010年度の職員給与総額は正当な職員給与総額より約1160万円多かったが、決算報告書には正当な職員給与総額が記され、一方でコンクール等の会場費に220万円、課題曲楽譜制作費に860万円、旅費に80万円、計1160万円を上乗せすることで支出額の辻褄を合わせていたという。
過去の決算では毎年度1000万円を超える繰越金
しかし、本来より多く支出された1160万円のお金がどのようにして捻出されたのかについて全日本吹奏楽連盟は説明をしていない。また、メディアはこの問題に関して全日本吹奏楽連盟の発表を報道しただけなので詳細不明である。仮に全日本吹奏楽連盟に毎年、数千万円の利益があれば、特定の年に1000万円が余分に支出されても事業にそれほどの影響は出ないかもしれない。会報「すいそうがく」で明らかにしている全日本吹奏楽連盟の決算の推移を見ると、右の表のように本件事案が発生する2010(平成22)年度より前の決算においてほぼ毎年度1000万円以上の繰越金が発生している。なお、右の表の2010年度以降の決算データは、本件事案が発覚する前に作られたデータである。
繰越金は翌年度の収入に繰り越されているので、10年間にわたり毎年1000万円以上の金額を本来の支出額よりも多く支出していれば、収益が相応に増えなければ繰越金は減り続けて運営に支障が出るのではないだろうか? この問題を考える時に疑問に思うのは1000万円以上の金が継続的に10年間も支出され続けたにもかわらず事業に支障が出ず、また、不正受給に気づかないまま看過されてきたことだ。これが莫大な収益のある民間企業であったり、不正受給が1、2回程度であればいわゆる役員報酬の「お手盛り」事案として片づけていいのかもしれない。しかし、これまで見てきたように全日本吹奏楽連盟は学校や教育、地域と結びついて公益性の高い事業を行っている団体であり、その運営資金の多くを学校や草の根の吹奏楽の団体やその関係者から得ている。全日本吹奏楽連盟は、この問題について「実質的な業務を事実上事務局に任せざるを得なかった本連盟の歴史的風土」「2010年4月以前から存在する長期的・構造的なものに根ざしている」などと総括しているだけなので、不正に受給された1億5000万円の出所については依然として不明のままなのである。
(フリーライター・三好達也)