ノンフィクション作家、清武英利(きよたけ・ひでとし)氏がバブル経済崩壊後の不良債権回収の現場を描いた作品『トッカイ バブルの怪人を追いつめた男たち』。2019年に講談社より出版され、昨年12月に『トッカイ 不良債権特別回収部』として文庫化された。また、WOWOW開局30周年記念としてドラマ化され、全12話の構成で放送がスタートした。清武氏に作品への思いや執筆活動についてオンラインで聞いた。
構成を1年くらい考えていた
トッカイのドラマは1996(平成8)年に住宅金融債権管理機構(住管機構)が発足したことに始まる。バブル期に住宅金融専門会社(住専)が行った乱脈融資によって生まれた莫大な不良債権を回収すべくつくられた組織だが、その背景には破たんした住専処理に公的資金を投入する政府決定があった。住管機構の社長には故・中坊公平氏が就任し、弁護士や警察、国税、金融など様々な分野から人が集められ、1999(平成11)年には整理回収機構(RCC)となって今日に至っている。トッカイは回収の中でも悪質かつ厄介な「バブルの怪人たち」を相手にした特別回収部の略称だ。バブル崩壊後の時代の断面を、融資する側から不良債権を回収する立場に回った元住専社員や銀行マンらを通して描いた。
清武氏「債権者、債務者ともに何千人という人が関係しているわけです。どのように取材をして構成するのか考えるところがありました。『しんがり』もそうですけど、(作品に登場する)12人から山一證券の破たんを普遍化して描こうとした。トッカイも、(作品に登場する)この人たちを中心に描こうという気持ちになって、それまでに時間がかかっているのです。3年半かかったけれど、1年くらいは構成をどうしようかと思っていました。取材はあまり急がないようにしています。『石つぶて』は1人の人を深堀りする難しさがありましたが、『トッカイ』は複数の人にまず絞ってそれから深堀りする難しさがありました」
『しんがり』は2013年の作品。山一證券の清算に携わった12人を通して山一證券の経営破たんを描いた。「石つぶて」は組織と葛藤しつつ自らを貫いて外務省機密費流用事件を捜査した刑事たちを描き、2017年に出版された作品。
清武氏「取材は繰り返しその人の内面にノックしていく作業ですね。各駅停車で行くような取材をしないと本はなかなか書けない。読売新聞は下町の新聞社だったので町ネタをたくさん書かされたのですよ。ストーリーで100行とか、長めのコラムとかよく書かされましたよ。町ネタというのは結局、無名な人を描く物語ですよね。しかし、それを長くもっと詳細に書くためには別の手法がいる。5時間も6時間も話しを聞いて、あるいは1カ月も密着するようなことは(新聞記者は)ほとんどないですよね」
かつて読売新聞の社会部記者として警視庁や国税庁を担当した。バブル崩壊後の数多くの経済事件の修羅場を取材してきた。その経験が今日のノンフィクション作品の土台にある。本を書くことを何時頃から意識するようになったのだろうか。
言えない言葉の重みを書くために
清武氏「『会長はなぜ自殺したか』という本をまとめ、執筆した時ですから、(社会部)デスクの何年目かで47、48歳だったかな。大きな経済事件をずっと担当してきたわけですね。それでいつも思っていたのは例えばゼネコン汚職にしても、会社が破たんしたり、大事件がある度にチームを作って取材をするじゃないですか。でも、終わったら解散して新聞で連載をしたことしか残らない。『あの事件はなんだったのか』と言われても、本にして残すような作業はしていなかったのです。僕はなんとか残したいと思っていたところ、知り合いの出版社の役員から『本を書きなさいよ』『本に残さないとダメですよ』と言われたんです。それがきっかけです」
「(本を)書いてみたら自分たちの取材が非常に浅いことがよくわかったのです。結局、しゃべったことに間違いはないのですよ。新聞記者は聞いたことをそのまま書くので。でも言わないことの方が大事なこともたくさんあるじゃないですか。どうしても言えない言葉の方が重いことがありますよね。それを書こうとするには本にするしかないなということになるのではないでしょうかね。特ダネをとって連載をして本にするということをデスク時代の後半は目標にし始めましたね」
“清武ノンフィクション”の萌芽は読売新聞社の社会部デスク時代にまで遡る。しかし、その後、ノンフィクション作家に至るまでの道のりは波乱万丈だった。読売巨人軍の球団代表として約7年間、球界に尽力したものの2011年にコーチ人事をめぐり読売新聞グループに君臨するナベツネこと渡邉恒雄氏と対立、巨人軍の役職を解任され退職に至る。そして、その2年後に『しんがり 山一證券 最後の12人』が世に出た。
後ろの列に並んでいる無名な人たちを書く
清武氏「作家になろうとして辞めたわけではないので。おかしいと非を唱えるために辞めた、辞めざるをえなかったというか。その後に自分に残っているのは書くことだから。書くことというと今まで人が書かなかったこと、あまり注目されない、トップランナーではなく後ろの列に並んでいる無名な人々を書いていくのが自分の仕事なんだろうなと思っていた。それをこつこつ書きはじめて。山一證券は以前に取材をしたことがあったので、だからそういう人から広げていったのです。トッカイも結局、昔、中坊さんに取材をしたことがあり、中坊さんの存在がすっかり忘れ去られていることについてずっと残念に思っていたのです」
文庫となった『トッカイ』には「文庫版のための追補」として「『トッカイ』とは何だったのか」という新たな文章が載っている。これは大蔵省元銀行局長の寺村信行氏の証言を記したものだ。
清武氏「文庫本では元銀行局長の寺村さんにお会いしたけれども、寺村さんから中坊さんの話しを聞いた時に肩の荷がおりたような気がしました。この本は、正直に言うと文庫本でやっと1つのところに到達した気がします。官僚の目から見ても公金を投じること、6850億円の税金を投じて銀行を救済したこと、住専処理に当たったことについては、疑問があることを改めて確認し、私はちょっとだけ自分たちの怒りが正しいものだったということを実感しました。それは巷で言われていたし、文章でも書かれていたけれど、自分の耳で聞いた時にやっぱりそうなんだと。役所を辞めた官僚や評論家の中には早く税金を投入した方がよかったと言う人もいますよ。そういう声に対して異論というか、それはおかしいだろうという気持ちがありました。追補の章を設けてよかったと思っています」
(聞き手 三好達也)
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『しんがり』『石つぶて』と清武作品をドラマ化してきたWOWOWは、開局30周年記念ドラマとして『トッカイ』を映像化、1月17日より第1話の放送が始まった。伊藤英明、中山優馬、広末涼子ら豪華キャストで全12話。多彩な人々が織りなす『トッカイ』をどう描くのか楽しみだ。