米商務省は2019年5月、中国の大手通信機器メーカー、ファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)とその関連企業を同省産業安全保障局(BIS)のエンティティリスト(Entity List)に加えたことを明らかにした。エンティティリストはアメリカが国家安全保障や外交政策上懸念があると判断した企業や個人を登録しているもので、リストに登録された企業等にアメリカの技術や製品を提供する場合、米当局の許可が必要になる。中国通信機器メーカーをめぐっては、ZTE(中興通訊)に対しても2016年3月にエンティティリストに加えた経緯がある。アメリカはなぜ中国の通信機器メーカーを次々とエンティティリストに加えているのだろうか?
ファーウェイをエンティティリストに加えた理由について米商務省は「禁止されている金融サービスをイランに対し提供している国際緊急経済権限法(IEEPA)違反の疑い」をあげている。IEEPAは1997年に制定されたアメリカの法律で、大統領が非常事態を宣言した安全保障や外交・経済政策への脅威に対し輸出を規制し、輸出管理を包括的に規定しているものだ。平たく言えばアメリカが「テロ認定」した国家や組織に対し、許可なくアメリカの技術や製品を輸出すればIEEPA違反となる。アメリカは昨年5月、核問題をめぐりイランとの包括的共同作業計画(JCPOA)から離脱し、イランに対し経済制裁を再開している。
昨年12月には、ファーウェイの創業者で最高経営責任者(CEO)の任正非(じん・せいひ)氏の娘で同社副会長兼最高財務責任者(CFO)の孟晩舟(もう・ばんしゅう)氏がバンクーバーの空港でカナダ当局によって身柄を拘束された。米司法当局は今年1月、ファーウェイと孟晩舟CFO、さらにファーウェイ関連会社と香港のスカイコムテック社を起訴した。米司法当局は、ファーウェイとスカイコムテック社に対して銀行詐欺や電信詐欺、IEEPA違反など、孟晩舟CFOに対しては銀行詐欺などを起訴理由としている。スカイコムテック社はファーウェイのダミー会社とみられ、テヘランに事務所を置き、ファーウェイはスカイコムテック社のテヘラン事務所を通じてイランへ輸出を行っていたという。報道によればスカイコムテック社は1998年5月15日に香港で登記され、2017年9月6日に清算されているという。孟晩舟CFOのアメリカへの身柄引き渡しに関する審理は来年1月にバンクーバーの裁判所で行われる予定だ。
ファーウェイのエンティティリスト入りはファーウェイとイランとの関係をアメリカが「不正」認定したことを意味すると言えそうだが、この流れはファーウェイに始まったことではない。アメリカは中国の大手通信機器メーカーのZTE(中興通訊)を2016年3月にエンティティリストに入れたが、これはZTEがイランや北朝鮮に違法な輸出をしていたことが理由とされている。米商務省によれば、ZTEは2010年1月から2016年4月にかけてイラン政府とつながる事業体と契約し、イランで大規模な通信ネットワークを構築した。その際、アメリカの機器やソフトウェアが使用されたほか、北朝鮮に対しても規制されている品目を含む違法な輸出をしていた。2017年にZTEはこうした事実を認めアメリカに11億9000万ドルの罰金を支払うことに合意した。
中国通信機器メーカーとイランとの関係をアメリカが問題視するようになったのは2012年頃からだ。ロイターは2012年3月、「Chinese firm helps Iran spy on citizens」とのタイトルでZTEとイラン電気通信会社(TCI)との契約について報じている。それによれば、ZTEはTCIに固定電話、モバイル、インターネット通信、文書などを監視できる強力な監視システムを売却した。監視システムはZTEがTCIに提供するネットワークの一部で、システムにはアメリカのハードウェアやソフトウェア製品も使われ、中国の通信機器メーカーを介してアメリカのテクノロジーがイランに提供されたかっこうだ。ちなみにイラン政府が「電子戦が仕掛けられている」との声明を発表して、イランの核関連施設がスタックスネットによる攻撃を受けていることを明らかにしたのは2010年9月だった。そのスタックスネットはアメリカとイスラエルによって開発されたサイバー兵器と一般にみられている。2012年3月のロイターの記事は、イラン国営テレビの報道としてイランが当時のアフマディネジャド大統領を議長とするサイバースペースの最高評議会を設立したことも伝えている。
米下院情報特別委員会(HPSIC)は1年間におよぶ調査を実施し、2012年10月に報告書を公表、「ファーウェイおよびZTEの通信インフラ向けの機器やサービスには安全保障上のリスクがある」として米政府のシステムからファーウェイとZTEの機器を除外すべきとの提言を行っている。アメリカではFBI、司法省、国土安全保障省、商務省などが連携して調査を行い、2016年3月にZTEを、2019年5月にはファーウェイをエンティティリストに入れた経緯がある。日本のメディアにおける報道では、米中貿易戦争の一環または5Gをめぐる米中ハイテク覇権争いといった視点での記事が目立つが、問題の本質にサイバーセキュリティにかかる国家間の安全保障上の問題があることを見過ごすことはできない。それは日本の安全保障とも密接にリンクしている。
【参考】
・Department of Commerce Announces the Addition of Huawei Technologies Co. Ltd. to the Entity List
・ファーウェイのイラン事業への関与が疑われるスカイコム・テック、やはりファーウェイが支配か