この記事は東京大学名誉教授で理化学研究所栄誉研究員の甘利俊一(あまりしゅんいち)氏が2020年2月16日に江戸東京博物館で開催されたシンポジウム「AIとゲノム編集・ビッグデータを考える」(ゲノム問題検討会議主催)で「人工知能と社会」と題して行った講演の内容を書き起こしたものです。
1967年に確率降下学習法を提唱
私は数理工学または数理科学を専攻してきました。数理科学って何だ?数理というものの見方で解明し、これはこういうことだといけばいいわけですね。応用数学というといかにも出来上がった数学を応用するだけ。なんかちょっと下品というか面白くないじゃないですか。むしろ数理というものの見方で新しい理論を作るんだと。それが数理工学、数理科学なんですね。今日お話しするのは人工知能と社会というわけですが、私も数理というものの目で例えば情報の仕組みを調べるとか、グラフの構造を調べるとか、それから脳の仕組みを調べるというようなことをずっと何年もやってきました。
脳に興味をもった頃に、じゃあ機械はどうすれば学習するんだろうというわけですよね。というような理論を作ったのが、私の論文が1967年ですから50年以上昔の話しであります。その時に確率降下学習法というものを提唱したのですが、今の人工知能で使われているメインの方法はそれです。私は人工知能そのものに詳しいわけではないのだけれど、今でも人工知能で何ができて何ができないのかということに興味をもっています。私の経歴は九大に勤めて4年間、九州大学でのびのびと遊びと研究を満喫しまして、東大で30年近く教えていて定年、お前はもういらんというわけでその次にくるのが名誉教授。そうしたら理化学研究所から脳の研究で、理論の目で脳を見る、そういう見方が必要なんではないか、お前は数理の目でいろんなものを見ているからきて研究をやらないかと言われまして、そちらに移りました。それで20何年で理化学研究所もお前もうヨボヨボでいらないじゃないか、その時にくれるのが栄誉研究員というやつで、早く言えばそういう話しなんではありますが、私、やっぱり研究は面白いので趣味として2つのことをやってます。1つは囲碁です。もう1つは研究で、これは自分の趣味としてやっているので論文を書かなければならないということはまったくないし自由気ままにやればいい。面白いものは面白い。確かにここにいる皆さんは、科学者は面白いものを面白いでやっていいのかという疑問を当然お持ちで私もそれは思っているんですが。面白いものは面白い。人工知能の何が問題なのか、どうすればもっとよくなるのか、非常に面白い話しであります。
人間を変えてしまうかもしれない生命技術と情報技術
4、5年前ですかね新聞に人工知能が毎日おどるようになって、これはひょっとしたらすごいのではないかと。で、機械が人間の知的領域を超える、こんなことが起こってしまったら一体どうなるんだと。ひょっとすれば産業構造がすっかり変わってしまって人類の文明や文化こういうものがすっかり変わってしまうかもしれない。じゃあ我々は何をすればいいのか?こういうことになるわけです。じゃあ、人工知能の技術が他の産業革命の同様の技術、蒸気機関の発明からはじまって機械技術があって材料技術、その都度、ある意味社会の構造を変えてきました。今、やはり問題になっているのは2つあって、生命技術と情報技術があって、生命技術は遺伝子編集で人間そのものをひょっとしたら変えてしまうかもしれない。果たしてそれがいいんだろうかというのが課題で、もう1つ情報技術これいいんですけど知能、これは人間の心に関係することですよね。だから情報がただテレビを見たり、電話ができたりという、要するに情報の伝達にとどまらない。人間の心の領域まで割り込んできてこれはある意味で人間を変えてしまうかもしれない。で、この2つはある意味、恐ろしい事実である可能性があります。我々はこれを注意深く見ていかなければいけない。
我々が社会をつくり文明社会を築いた。それは意識を持ち言語をつくり、それが社会として成立しているわけで、それは実は脳がすべて生みだしたのですよ。だからまず脳とはなんなのか?知能を宿す脳はどういうふうにしてできたのか?駆け足で見ていきたい。そうするとですね、世の中にはビッグバンが起こった、えっ脳と関係するの?と、まぁそういうことは言わないで脳のはじまりはビッグバンだ。超巨大なエネルギーが突如出現してエネルギーと物質を拡散して宇宙をつくったというんですね。で、その時から時間と空間がはじまった。じゃあビッグバンの前は何があったのか?それは時間がなかったからそういう質問をしてはいけない、そこから時がはじまったんだと。あんまりこういう話しをしてはいけませんよ、だけどそういうことになっていて、それで宇宙ができた。その巨大な物質が宇宙に各散して運動している。それは物理学の法則に従って運動しているわけですね。万有引力なんてありますし、分子や原子間に働く力があります。これは物理学です。世の中の森羅万象は物理学に尽きるんだと物理学者は豪語してましたね。物理学研究にもっと金を寄こせ、こう言っているのですが、それがいいのかどうか?それはここでの問題ではありません。