米軍の無人偵察機が撃墜された報復措置としてイランに軍事攻撃を行うことを攻撃開始10分前に中止したトランプ米大統領。その対立の背景にはイランの核開発をめぐる問題がある。そして、アメリカとイランの対立はサイバー空間においても熾烈な攻防が繰り広げられてきた。
イランの核開発および対米関係の経緯は以下のようなものだ。(日本原子力開発機構の資料等から)
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イランは、1958(昭和33)年にIAEA(国際原子力機関)に加盟し、NPT(核拡散防止条約)にも発足当初の1968(昭和43)年から加盟。1970年代にはアメリカ、西ドイツ、フランスと原子力協力協定を締結して原子力の技術開発を進めた。パーレビ国王統治下のイランはアメリカと同盟関係にあったが、1979(昭和54)年にホメイニ師を最高指導者とするイスラム革命が起きると、同年11月にはテヘランのアメリカ大使館が占拠される事件が発生、反米路線に舵を切ったイランに対しアメリカは翌年、カーター政権下において国交を断絶し経済制裁に踏み切った。
イランは1985(昭和60)年からパキスタン、アルゼンチン、中国、ロシアと原子力協力協定を締結して原子力への取り組みを再開したが、アメリカ等の圧力により技術移転は進まなかった。2002(平成14)年にイラン反体制派によりイランがナタンズとアラクに核施設を建設していたことが暴露され、IAEAによりイランが秘密裏に核活動を行っていたことが明らかとなり「核の闇市場」とのつながりが浮上、イラン核開発疑惑が持ち上がった。
翌年、IAEA理事会はイランに対し核濃縮・再処理活動の停止を求める理事会決議を採択し、2004(平成16)年には濃縮活動の停止を含むパリ合意が成立したが、翌年、保守派のアフマディネジャド大統領が誕生するとイランはウラン濃縮活動を再開したことから国連安全保障理事会は2006(平成18)年にウランの濃縮・再処理稼働の停止を求める決議を採択、翌年にはイランへの制裁を含む決議、さらに2008(平成20)年には制裁追加決議、決議遵守を要請する決議を採択した。
IAEAは、2011(平成23)年11月の事務局長報告の添付書でイランの核兵器開発疑惑について初めて具体的な根拠を示し、イランが原子爆弾の開発に欠かせない特殊な技術を外国の専門家などから取得し、2003(平成15)年に起爆装置の実験を行った情報など疑惑の根拠を列挙した。そして、こうした機密情報には「信頼性」があるとして「深刻な懸念」を表明した。これを受けてアメリカ、EUは石油禁輸、イランと取引のある金融機関への制裁を強化した。
イランは濃縮ウラン量及び生産規模の拡大を継続し、2013(平成25)年にはナタンズの濃縮施設に新型遠心分離機の設置を開始した。一方、同年6月の大統領選に当選した保守穏健派のロウハニ氏は国際社会との対話を進める決意を表明。2015(平成27)年7月、ウィーンでイランと英仏独、中国、ロシア、オバマ政権下のアメリカの6カ国が包括的共同作業計画(JCPOA)に合意し、国連安全保障理事会はJCPOAを承認する採択を全会一致で採択した。翌年、IAEAがイランの合意履行を確認し欧米諸国はイランに対する制裁解除を発表した。
2017(平成29)年、アメリカのトランプ大統領はイランの核合意について「イランが合意を順守しているとは認めない」と表明。翌年5月、トランプ大統領はイランと合意した包括的共同作業計画(JCPOA)から離脱することを表明し対イラン経済制裁再開の大統領令に署名した。
イランは今年7月、アメリカが包括的共同作業計画(JCPOA)の合意から離脱しイランに対して経済制裁を課していることを理由にウランの濃縮度を2015年に合意した3.67%を超すレベルまで引き上げることを発表した。
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イランの核開発をめぐっては上記に記した経緯が展開されてきたわけだが、一方、サイバー空間においてアメリカとイランの間ではどのようなやりとりが行われてきたのだろうか。
イランの核関連施設を狙ったマルウェアとして知られるのがサイバー兵器とも言われるStuxnet(スタックスネット)だ。このマルウェアは、シーメンス社のWinCCの稼働するWindowsシステムに感染し、感染したWinCCは、スタックスネットが自身のコードをPLC(プログラマブルロジックコントローラー)にアップロードすることで機器の動作そのものを制御しはじめる。その結果、周波数変換ドライブの動作を変更し、出力周波数の変更は自動化システムの動作を妨害し、やがてシステムは正常に動作しなくなる。
ISIS(科学国際安全保障研究所)によれば、ナタンズの核関連施設では2009年末から2010年にかけて約1000基の遠心分離機が取り換えられ、2010年11月には一時的にナタンズのすべての遠心分離機の稼働が停止したという。2010年9月にはイラン鉱工業省の幹部が「電子戦争がイランに仕向けられている」とサイバー攻撃を受けていることを認める発言をしたとイランの通信社が報じ、同年10月にはヘイダル・モスレヒ情報相が声明を出し、「ウィルスのネットワークを完全に把握しており、妨害活動は阻止されるだろう」などと述べた。
Stuxnet(スタックスネット)について、ニューヨーク・タイムズはアメリカとイスラエルが共同で開発し、ブッシュ政権末期にナタンズの核施設への妨害計画を承認、オバマ政権下で推進されたと2011年1月に報じた。
一方、米司法省は昨年、イランに本拠を置くMabna Instituteのリーダーや雇用ハッカーなどイラン人9人を起訴。同省によれば、9人は少なくとも2013年以降、アメリカの144の大学などにサイバー攻撃を行い学術データや知的財産を盗み出していた。これらサイバー攻撃はイランのイスラム革命防衛隊(IRGC)やイラン政府、大学等からの依頼をうけて行われていたものだという。
米司法省の会見
アメリカは、今年6月にホルムズ海峡付近でタンカー2隻が攻撃された事件について、イランが行ったものだとして米サイバー軍司令部(USCC)がタンカー追跡のために使用されたコンピューターソフトウェアにサイバー攻撃を行ったと複数の米メディアが報じた。米国土安全保障省は、Mabna Instituteの名前もあげて、イランの政権に関与者からのアメリカ政府機関や企業への悪質なサイバー攻撃が増えているとの見方を示した。攻撃はデータや金銭を狙ったものにとどまらず、マルウェアのwiperを使用したコンピューターを破壊するケースが増えているとしている。
【参考】