欧州三井住友銀行巨額不正送金未遂事件(2004年)

CNET Japanは2004年11月、「銀行で待ち伏せ–オンラインバンク利用者を狙うトロイの木馬が出現」とのタイトルでオンラインバンク利用者の個人情報やウェブ閲覧行動を記録するトロイの木馬「Banker-AJ Trojan」に関する記事を掲載した。このトロイの木馬は、当時、イギリスのウイルス対策ソフトウェアメーカーSophosが警告を発していたものだ。

記事などによると「Banker-AJ Trojan」は金を盗み取る目的で銀行に仕掛けられ、「ユーザーがオンラインバンキングのウェブサイトにアクセスするのを待ち、サイトにアクセスしたとトロイの木馬が判断すると、キーストロークのログやマシンのスナップショットをとり始め、パスワードやセッションのスクリーンショットを記録しハッカーに送り返す」のだという。

さらに、「以前からこの手のトロイの木馬については確認をしている」とイギリス銀行関係者の談話も記事には掲載されている。Guardian Unlimitedによれば、2004年11月、イギリスの金融当局は銀行を狙ったハイテク犯罪に警戒するよう各金融機関に呼びかけていた。

2004年秋、ロンドンの金融界はハイテク犯罪への警戒が高まっていたようなのだが、その理由は2005年3月になって明るみになった。イスラエルで一人の男が逮捕され、ロンドンにある欧州三井住友銀行でネットを使った巨額の不正送金未遂事件が起きていたことがわかったためだ。

2005年3月、イギリスのメディアは欧州三井住友銀行を舞台にした巨額不正送金未遂事件に関与した男がイスラエルで逮捕されたことを一斉に報じた。報道によると、事件が起きたのは2004年10月。ロンドンにある欧州三井住友銀行のコンピューターにキーロガーが仕掛けられ、計2億2000万ポンド(約440億円)もの巨額が世界の10の銀行口座に分けて不正送金されそうになったが、未然に防ぎ犯行は未遂に終わったという。銀行からの通報を受けて内偵をしていた英警察は、 2005年3月、32歳の男をイスラエルのテルアビブ近くのホロンで逮捕した。この男は1390万ポンドを自分のビジネス用の口座で受け取り、資金洗浄するつもりだったらしい。不正送金は、この男による単独犯行なのか、あるいはこの男は役割を担っただけなのか。

イスラエルの新聞、エルサレム・ポストが事件に関して興味深い現地警察の見解を載せている。不正送金に絡む男の逮捕は、イスラエルがマネーロンダリングの「安全地帯」とみなされていることを示しているのだというのだ。

未遂に終わったものの、この事件はコンピューターを使った大掛かりなサイバー犯罪ということだけにとどまらず、インターネットによる犯罪がワールドワイドに行われている実態を示唆している。もう少し、ロンドンで起きた不正送金未遂事件について検証してみよう。4law.co.ilによると、イスラエル警察は2005年3月16日、欧州三井住友銀行の不正送金未遂事件に関与していたとしてYaron Bolondi容疑者(32)を逮捕。さらに、同21日にはテルアビブに住むAharon Abu Hamra容疑者(35)を逮捕した。この男はイギリスの犯罪者にYaron Bolondi容疑者を仲介した疑いがあるという。現地のサイバー捜査官によると、Aharon Abu Hamra容疑者は資金洗浄をするための偽装工作にYaron Bolondi容疑者を利用したらしい。この2人は一体、どのような男なのか?

ロンドンで起きた不正送金事件に関するイスラエルでの逮捕劇について、エルサレムポスト紙によると、英国のハイテク犯罪対策課の捜査官とイスラエル警察の「混成チーム」がテルアビブ近くのホロンでYaron Bolondi容疑者(32)を逮捕したのが2005年3月16日。容疑は不正送金の一部、20ミリオンユーロの資金洗浄計画に関与していたとの疑いだという。不正送金先の口座の一つが、この人物のビジネス用口座であったということらしい。さらに、3月21日には、Yaron Bolondi容疑者に口座の利用をもちかけたとしてAharon Abu Hamra容疑者(35)をテルアビブで逮捕している。

逮捕後、この2人の人物がどのような処分を受けたのか定かではないが、同紙の7月17日付紙面に注目すべき記事が載っていた。「Two Tel Aviv murders target crime underworld figures」とタイトルの付いた記事の中でAharon Abu Hamra(35)が殺害されたことを伝えているのだ。記事によると、オートバイに乗った2人組が、Aharon Abu Hamraが乗っていた駐車中の車に向かって銃を発射し車は炎上、病院に搬送されたが死亡したということだ。事件現場はホロンだった。なぜAharon Abu Hamraは殺されたのか?記事は、この男が、アメリカへの麻薬密輸で昨年逮捕されたイスラエルマフィアのボス、Zeev Rosensteinの一味であり、Rosensteinが行っていたさまざまなビジネスの財政的な側面を担っていたとも伝えている。

ロンドンで起きた巨額不正送金未遂事件は、イスラエルに“飛び火”し犯罪シンジケートの影をもチラつかせているわけだが、その真相はなお深い闇の中にある。

2004年秋にロンドンの欧州三井住友銀行を舞台に繰り広げられたスパイウェアを使った巨額不正送金未遂事件。送金先だったとみられるイスラエルでの動きを中心に2回にわたりレポートをしたが、その後、ロンドンで次々に犯人が逮捕され判決もくだされた。事件としては一応の決着をみたかっこうだが、しかし、その背景にはなお不可解な点が多い。日本ではあまり報道されなかったこの事件について改めて検証してみた。

■5人に有罪判決

ロンドンにある刑事裁判所が、欧州三井住友銀行から総額2億2900万ポンド〈当時、約460億円〉を不正送金しようとしたとして被告5人に有罪判決をくだしたのは2009年3月のことだ。主犯とみられるHuge Rodley(当時61)に禁固8年、他の4人、Kevin O’Donoghue(同33)、Gilles Poelvoorde(同34)、Jan Van Osselare(同32)、そしてDavid Nash(同47)に3年から4年4カ月の実刑判決を言い渡したのだ。Huge Rodleyは詐欺と不正送金、David Nashは不正送金、そして他の3人は共謀して銀行口座からお金を盗もうとした罪が認められた。Times Onlineなどの報道によれば、Gilles PoelvoordeとJan Van Osselareはベルギー人のハッカー。そしてKevin O’Donoghueはロンドンの欧州三井住友銀行のセキュリティ担当者だった。

2004年9月、Kevin O’Donoghueの協力で欧州三井住友銀行にまんまと侵入したGilles PoelvoordeとJan Van Osselareは主要なコンピューターにスパイウェアを仕掛けることに成功した。スパイウェアはコンピューターのログとパスワードを記録するものだった。回収したデータをもとに2人は同年10月に再び同行に侵入し、カシオや東芝、野村アセットマネジメントなどの企業の口座から最大約4000万ポンドもの資金を盗み、総額2億2900万ポンド〈当時、約460億円〉をスペイン、ドバイ、香港、トルコ、イスラエル、シンガポールなどの銀行にある口座に分けて送金しようとしたのだ。

■SWIFTのデータ欠き未遂に終わる

しかし、各国の金融機関同士の送金内容を電文でやりとりする国際的な通信ネットワーク「SWIFT」のデータが一部欠けていたため送金できず、犯行は未遂に終わった。ちなみにSWIFTは1973年にベルギーに設立された共同組合だという。Times Onlineによれば、欧州三井住友銀行の警備担当者だったKevin O’Donoghueは犯行グループから家族への脅迫を受け計画に加担したらしい。犯行未遂後、コンピューターの不審な記録に気づいた銀行が警察に通報。状況から見て内部犯行が濃厚なことから、当局に真っ先に関与を疑われたのはKevin O’Donoghueだった。事件はKevin O’Donoghueを突破口に芋づる式に犯人逮捕につながっていったとみられる。

一方、首謀者とされたHuge RodleyとDavid Nashは何をしていたのか。彼らは、不法に送金する資金の受け取り先と資金洗浄のための工作をいろいろ働いていたようなのだが、この2人はそもそも何者なのか。Times Onlineによれば、判決時、61歳と犯行グループの中でもっとも高齢のHuge Rodleyは、イングランド南西部のグロスターシャー州にある大邸宅に住み、貴族と称していたという。ロンドンのメイフェアにオフィスを構え、ロールスロイスを乗り回していたらしい。妻や娘も乗馬大会に参加するなど目立った存在だった。しかし、報道によれば、Huge Rodleyは本当の名前をBrian McGoughといい、1947年アイルランド生まれの破産者だった。偽造や詐欺によって資産を得るなどの前科があり、服役していたこともあった。一方、David Nashはイングランド南東部のウェストサセックス州でセックスショップを経営している男で、Huge Rodleyに使われていたらしい。

実は判決はもう一人の男にも言い渡されるはずだった。Bernard Davis(当時74)。Huge Rodleyの長年にわたるビジネスパートナーとされ、今回の事件でもHuge Rodleyとともに送金先口座や資金洗浄のための役割を担っていたとみられている。しかし、この男は裁判が始まった直後に、「疲れた」などと記したメモを残して自殺してしまったのだ。犯行の詳細は裁判を通じて明らかになったが、そもそもこの犯人たちはどのようにして結び付き、具体的な犯行の計画や指示はだれがどのように出していたのか? 犯行の動機や欧州三井住友銀行を狙ったのはなぜなのか? 背景にはなお不明な点が数多くある。

■アダムス・ファミリーと接触していたHuge Rodley

Times Onlineは、Huge Rodleyがイギリスの犯罪組織、アダムス・ファミリーと接触していたことを捜査当局が把握していたと報道している。ちなみにファミリーのボス、Terry Adamsは資金洗浄の罪などで2007年に有罪判決を受け刑務所に送られている。Huge Rodleyは、テリーの兄弟、Tommy Adamsと面会したことを捜査当局に認めたが、それは合法的なダイヤモンド取引のためだったと主張しているという。不正送金先の一つとみられるイスラエルでは、この事件に関係して、口座を提供した男と、この男をHuge Rodleyらに仲介したAharon Abu Hamraなる男が逮捕されている。このAharon Abu Hamraはイスラエルのマフィアの一味で、このマフィアの財政的な側面を担っていたことはこれまでのレポートで報告した通りだ。また、東ヨーロッパのマフィアとの関係を指摘する声もある。巨大な被害を受ける恐れのあったロンドン欧州三井住友銀行の不正送金未遂事件。犯罪の実行者は逮捕されたが、その背後にちらつく複数の犯罪組織と事件との関係は依然として詳らかではない。

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