人工知能「シンギュラリティは起きません」
甘利俊一・東大名誉教授

40億年前に自己再生能力のある物質が生まれた

講演「人工知能と社会」=江戸東京博物館

さて、50億年くらい前に宇宙がざっと140億年とすれば、だいぶ経った50億年前に地球という星が生まれた。いろんな紆余曲折があるらしいんですが、40億年前に生命という物質が生まれた。これは何か?もちろん物質です。だけれども自分の行動を情報として持っている。その情報を使って自分を再生産する。自己再生産能力がある、そういう物質なんですね。なぜそんなものができちゃったのか。たまたま偶然かもしれませんが、いっぺんできちゃうと自己複製、自己再生産するのでどんどんはびこるわけです。はびこるだけならいいんだけれど進化するんですね。つまりそういう物質が揺らぎの中にある、揺らいでいるつまり構造が変わってしまう。ないしは自分が持っている情報を変えてしまう。その時に情報が変わって作ったものが前よりも環境に対して強靭で生きやすければそっちがどんどん自己複製していき、古い方は滅びていく。こういうことなんです。そうするとそれは進化なんですね。

で、これは物理の法則ではないですね。情報を織りなす物質のひとつの仕組みになってますから、世の中は物理だけがすべてを支配しているからそれでいいんだというわけではなくて、違う構造があらわれるということができます。で、情報はどこに入っているのかというとDNAの中に入ってまして、その遺伝子改変、DNA改変というつまり自然に揺らいで変わるのではなくて人間がここに介入して変えてしまったら何が起こるのか?という問題でもあります。それで単細胞生物から出発した生命はやはり細胞がいくつか集まって協力した方が環境に対して強い、生存上都合がいい、ということでどんどん集まりました。集まっていくと今度は機能分担をしてある細胞はある特定の仕事をし、ある細胞は別の仕事をするというふうに、そういう構造をもった方がいい、で、動物ができちゃったんですね。恐竜みたいのが1億年くらい前に世の中にはびこりだした。ですが6500万年前に巨大隕石が地球に落ちたらしくて、それが粉じんを巻き上げて地球を冷却させた。それで恐竜は全部滅びたということになっています。その時にしぶとく生き延びたのが哺乳類という当時はモグラだかネズミだかそんな程度のものだったのがだんだん威張りだしまして、ついにサルになった。それがさらに700万年くらい前にチンパンジーと人類、これが共通先祖から分かれて我々人類の登場というわけです。

いろいろあって一直線で進化してきたわけではない。こっちに枝分かれし、こっちに枝分かれし複雑なストーリーがあるらしいんですが、簡単に言えば例えば50万年前にネアンテルタールという人類、これがアフリカを出てヨーロッパ、中東、アジア方面までずっと進出した。で、ホモサピエンスは我々のことですけど大体20万年前にアフリカでこういうものが出来上がってきている。それが5、6万年前にアフリカを出て中東、アジア、オーストラリアそしてアメリカにあっという間、1万年、2万年の間に広まったこういうことになっています。途中でネアンデルタール人とも遭遇して遺伝子交配が起こっている。で、何を言いたかったかというと物質の法則、これは宇宙に普遍的に存在している。だけれども法則というのはそれだけではない。情報と物質が織りなす進化の法則、それは生命の法則と言ってもいい。これは物理学にはない。さらに我々人類の社会、文明の法則、文明もずっと起こっては滅び、起こっては滅びしてきたわけですよね。それはやはり人間が心を持ち、意識を持ちそういう構造を作っているのでそれは物理学に還元できないし生命科学にも還元できない。むしろ文化として考えていかなければならない非常に大きな問題だと思うんです。

人工の神経回路を作り学習させると学習機能が出現する?

脳の詳しい話しはしませんが、脳の中にはニューロン、神経細胞というのが大体1千億個ある。1個のニューロンは1000から1万の他のニューロンと結合している。ニューロンとニューロンをつなぐ繊維を全部とりだしてきて1列に並べてみれば1人の人で地球を何十回というくらいの長さになるんだと。さて、人工知能の話しになりますが、1950年代になってコンピューターが普通に使えるようにやっとなり始めたというわけです。その時にですねコンピューターって何かというと、算盤と違って単に計算をするだけではない。むしろ論理を自由に使える。そういう仕掛けがある。そうやってくると今度は情報とか数学とかそういうことをやっている学者たちが人間の知的な法則をコンピューター上でプログラムすることで実現できるはすだと、で、世の中色めき立ちました。例えばチェスをするコンピューターとか、数学の定義を証明するコンピューター、小説を書くコンピューターができるのではないか、当時そんなことを考えた人たちが1956年にアメリカで人工知能の旗揚げをやったんです。1956年といいますと、私が東大を卒業したのが1958年です。で、コンピューターというのがあるんだ、それはプログラムで動くんだ、だからコンピューターの授業がはじめて出来たんですね。で、教えてくれたんですが、残念なことに日本にプログラムで動くコンピューターが1台もなく、当時は東芝とか富士フイルムとかも真空管でコンピューターを作ろうとしていたんですね。そういう動きの中、向こうはもっと使えるようになっていたんですね。それと同じ頃にですね、コンピューターにプログラムするのはいい方法だけれども人間の場合は脳を使って知的な機能を集める、それは何で獲得するかというと教育と学習で人間が成長する過程で獲得するわけですよね。だから、人工の脳、人工の神経回路を作ってそれにどんどん学習させれば学習機能もそこに出現するのではないか、ということで一大ブームをきたしたのですが上手くいかなかった。当時のコンピューターではそれを実現するだけの力がなかった。そういう歴史というか考え、構想は当然残りました。

それから20~30年遅れてもう一度ブームが訪れました。人工知能ももうちょっと地に足のついたシステム、エキスパートの知識をコンピューターに入れて診断させる、こんなことをやってこれもブームになりました。神経回路網でやる方もコンピューターがこんなによくなったのだからそろそろ学習できるのではないかと。一大ブームになって世の中またまた騒然となったのですがそれも数年でそうは上手くいかないよということになったんですね。で、今、第3次ブームと言われています。これは2000年代に入ってコンピューターがさらによくなったということがありまして、2010年くらいから画像をデータベースに1000万枚入れて自然画像、人が写っていたり馬がいたり湖があったりそういう画像からそこにいるのは何だというのをコンピューターを使って当てるというような、どういうプランを使ったら間違いなく人間並みの認識ができるかというコンクールが行われていたのですね。


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