SNSでチベット人を監視している中国

WeChatはテンセント(騰訊、中国・広東省深圳市)が2011年にリリースした中国のSNSアプリだ。月間アクティブユーザーは約11億人にのぼっており、中国でもっとも人気のあるSNSだ。ところが、このWeChatによって中国内外のチベット人が中国当局から監視されているという。

インド・ダラムサラにあるチベット亡命政府の政策研究所で中国のサイバーセキュリティ政策とチベット人社会のソーシャルメディアについて研究をしているテンジン・ダルハ氏の最近のレポート「WeChatに占拠されるチベット」には、ラサからヨーロッパに留学したチベット人少女の話しが紹介されている。WeChatユーザーだった彼女がチャットの友達を自宅に招待したところ、当局から尋問を求められ、今後、チャットグループを作成しないように警告を受けたという。レポートによれば、テンセントは中国当局が個人のプライバシーに関与することを否定しているが、WeChatのプライバシーポリシーは、ユーザーのデータを「政府、公共、規制、司法および法執行機関または当局」と共有して「適用法および規制を遵守する」ことを表明していることから、実際にはユーザーデータは当局の監視にさらされていることは明らかだという。そして、政治問題に触れると思われるメッセージを送信したことでチベット人が逮捕された事例がこのことを裏付けているとしている。

チベットでは1956年に中国共産党による統治に対して民衆が蜂起するチベット動乱が発生、1959年にはダライ・ラマ14世がチベットを脱出し、インド北部に亡命政府を樹立した。以降、多くのチベット人が世界に亡命していて、その数は14~15万人にのぼっている。亡命先の多くはインド、ネパール、ブータンなどアジア近隣国からアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、台湾などで日本にも約150人が亡命している。一方、中国国内には約600万人のチベット人がいる。インターネットが規制されている中国では、TwitterやFacebook、Instagramなど海外で主流のSNSを使うことはできず、日本で人気のあるLINEも規制されている。もっともメジャーなSNSがWeChatで、中国国内ではほぼWeChatが利用されている実態がある。このため、海外にいるチベット人が中国内の家族や友達などと連絡をとる際にもWeChatを使うことが多く、2018年にインドで実施した亡命チベット人に対する調査では、約70%がWeChatを使用していた。しかし、そのやりとりの内容については、中国当局が検閲および監視していることは明らかだという。

サイバー空間での中国によるチベットの監視については、2009年に明らかになったゴーストネットがある。カナダのトロント大学や英国のケンブリッジ大学を拠点とするコンピューター研究者らにより明るみになったもので、ダラムサラのダライ・ラマ周辺のコンピューターにマルウェアが仕掛けられ、コンピューターがハッカーの手に落ちていたことがわかったのだ。サーバーのログを解析すると、中国や香港のISP(インターネットサービスプロバイダ)に割り振られたIPアドレスからログインされている履歴が多数見つかり、チベット独立運動対策にあたる警察や情報機関の拠点があるとされる新疆ウイグル自治区からのアクセスも見つかった。これらマルウェアを制御するサーバーは6つあり、5つは中国国内にあった。感染端末はダライ・ラマ事務所のコンピューターにとどまらず、アジア開発銀行、AP通信英国支局、在キャンベラのドイツ大使館、在ワシントンのインド大使館なども含まれていたという。

ジャーナリストのティム・ジョンソンによると、調査チームの主要メンバーは取材に「攻撃者は海南島に割り当てられたIPアドレスからログインしていました。中国人民解放軍の電子諜報部門の拠点です。中国政府の線がかなり濃厚だということです」などと述べたという。これら調査は2009年3月に「Tracking GhostNet: Investigating a Cyber Espionage Network」との報告書にまとめられ、また、調査を行った1人、ケンブリッジ大学の研究者のシシル・ナガラジャは同大学に「the snooping dragon」と題した報告書を提出している。

チベット亡命政府政策研究所のテンジン・ダルハ氏のレポート「WeChatに占拠されるチベット」は「WeChatは社会の交流や、プライベートと公共の架け橋となる人気の媒体であるが、アプリの安全性と共有コンテンツのセキュリティはすべての人が懸念する問題でもある」と締めくくっている。当局からの監視対象となる危険性はチベットにとどまらず中国でSNSを使用するあらゆるケースにおいてつきまとう問題だということだろう。

【参考】

WeChatに占拠されるチベット

ティム・ジョンソン著「チベットの祈り、中国の揺らぎ」(2011年、英治出版)

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