イルカのナックとの会話「名詞から動詞へ」村山司・東海大学教授

 イルカと話しをしたい―そんな思いを胸にイルカの知能について日々研究をしている東海大学海洋学部の村山司(むらやま・つかさ)教授。千葉県にある海洋レジャー施設「鴨川シーワールド」のシロイルカ、ナックと1989年に出会い、1996年からナックに言葉を教える研究を続けてきた。果たしてナックとの会話は実現するのだろうか? 村山教授は「できそうな感じになってきた。夢が目標に変わってきた」と話している。

物を文字で認識し、文字を発音することができる

―先生は2013年に「海に還った哺乳類 イルカのふしぎ」(講談社ブルーバックス)という本を書かれ、その中でナックに言葉を教える取り組みを紹介されました。現在、この研究はどこまで進んでいますか?

村山教授 英語やフランス語を学ぶ時に単語から覚えるように、イルカにも単語から教えましょう、ということで、最初に物と文字を組み合わせて教えたのです。それが1996年頃です。それから10年以上をかけて、フィン(足ひれ)や水中メガネなど4つの物を、文字と音(呼び方)で認識することができるようになりました。次の段階として今度は動詞を教えましょうというところで、今、一生懸命取り組んでいるところです。動詞が理解できれば文が作れる。そうすれば会話の第一歩になるのでそこをやろうとしているところです。

―イルカに動詞を理解してもらうのはなかなか難しい気がします。

村山教授 動詞はけっこう難しくて、どの動詞を教えようかというところで試行錯誤しているところです。目的語のある動詞、何かを持ってきてとか、そういう動詞をやろうと思っているのですが、多分、われわれの教え方が悪くて思うように理解してくれない。それで、どの動詞を教えたらいいのか四苦八苦しているところなのです。

シロイルカのナックと村山教授=千葉県鴨川市の鴨川シーワールド

―物を文字で示すことを教えた時には思いがけない経緯があったようですね。

村山教授 最初に物を見せて、その物をあらわす文字を選ぶように教えたところ、物が示す特定の文字を選ぶことができるようになったので、逆に文字を見せたら物が選べるだろうと思ったら全然できなかったんです。動物は賢くても逆に考えることは難しいらしく、困ったねということでいったん中断しました。そして10年後に同じことをやったら出来たということがありました。その10年間に文字から物を選ぶことはやっていなかったのですが、いろんな知能を試す取り組みをしていて、いろいろなことを経験するうちに多分どこかで物事を逆に考えることを覚えたのではないかと思います。応用することを覚えた、そういうことなのかなと思っています。

―それはすごいですね。イルカには時間をかけて物事を取得し理解する能力があるということですね。

村山教授 イルカはとても記憶力がよくて、一度教えたことを半年後にやってもちゃんと覚えています。それに文字だけでなく文字や物を音で理解することもできるんですよ。

―音で理解するというのはどういうことですか?

村山教授 例えばフィン(足ひれ)を表す文字の音はピィーという音だよと教えると、その文字やフィンを見るとピィーと鳴くことができるようになり、さらにピィーという音を録音して聞かせると、フィンやフィンを表す文字を選ぶことができるといった具合です。名詞を覚えられる動物って他にもチンパンジーやオウムなどがいますが、チンパンジーだと記号しかわからないのでバナナを表す記号と、記号が表すバナナの関係しか訓練できない。バナナと発音をしてもチンパンジーはなんのことかわからないわけです。ところがイルカはバナナと発音をするとバナナだと理解できるようになります。発音もイルカの鳴き声だけでなく、人と同じように発音できるか試してみたところ、人と同じように発音することも出来ました。ですから意味を教えていけば人間の言葉で会話ができるようになるのではないかと思うのです。

 イルカのコミュニケーション能力は未知数

 ―先生の本によると、イルカの脳には人の脳に匹敵する100億個程度の神経細胞(ニューロン)があるということですが、イルカは人と同じくらいの知能があるということなのでしょうか?

村山教授 イルカの脳は普通の動物より高度というか複雑なものらしいというところまでわかっているのですが、ただ、車でもボンネットの中のエンジンを見て、速く走りそうだと思っても、実際に運転してみないとわからないのと同じで、脳って部品ですから部品だけ見てもわからないので、行動をさせてみようということなんですね。コンピューターも実際に立ち上げてみたら、すごく遅いこともあるので。イルカの脳はすごそうだけど実際、何ができるのかということは行動実験みたいなことをして確かめていかないとわからないですね。

 ―そうすると先生の研究はイルカの脳の可能性を行動から探るということでもあるのですね。

村山教授 個人的にはイルカは頭がいいと信じているので、たまに上手くいかないことがあると、それは多分、こちらのやり方が悪いんだなといつも思います(笑)。やり方を変えれば成功するはずだという信念のようなものをもってずっとやってきました。

―イルカと話す研究をしている人は他にもいるのですか?

村山教授 いや、だれもいないですね。こういう研究をしているのは世界で私だけです。80年代くらいまでは1人か2人いたのですが、その方も亡くなってしまい、今こういう研究をしているのは私だけです。

―先生の研究は人間の言語をイルカがどこまで理解できるのかという研究だと思いますが、イルカ自身が互いにどのようにコミュニケーションをしているのか、その点は科学的にどこまで解明されているのでしょうか?

村山教授 イルカが互いに何を話しているのか、最初、みんな、そのことを考えると思うのですが、それは1970年代、80年代にすごくたくさん研究されたテーマです。しかし、結局、わからなかったのですね。例えばイルカがピーと鳴いた時にそれが何を意味するのか、行動と結びつけるのですが、鳴き声に対してさまざまな行動があったり、逆に同じ行動なのに違う鳴き方をしていたりして鳴き声と行動を結びつけることができず、何をしゃべっているのかわからなかった。それで現在はそうした研究は全然行われていない状況です。

 ―イルカの世界は科学的にまだまだ未知なのですね。国内外でイルカを研究されている方はどのようなことを今、研究されているのですか?

村山教授 日本に限らず世界もそうですが、イルカ研究の9割以上が野生のイルカの研究ですね。野生のイルカがどういう行動をしているのか、どこの海でどんな群れをつくって群れの中でどんな行動をしているのか、そういうことについてものすごく研究が行われていて、ほとんどはそういう研究です。私のように水族館で実験をしながら知能を調べるといった研究は本当に少ないですね。最近は動物の飼育はよくないという風潮が強くなり、海外の学術雑誌に論文を出そうとしても、飼育下のイルカを使った研究の論文は認められないのです。飼育されている動物を使った研究を取り巻く環境は難しくなっている状況ではあります。

 ―しかし、イルカの知能に関するデータは野生のイルカを研究する上でも貴重なデータになると思います。

村山教授 動物の認知研究分野の主流は霊長類なのですね。人は霊長類なので人に近い動物ということで霊長類の知能や認知を研究することはわかりやすく研究者も多い。次に多いのは鳥類ですね。鳥は春になるとさえずり、今頃はツバメが飛んでくるとか人の生活に馴染みがあるので研究する意味もわかりやすいところがあるのです。ところがイルカは身近な動物でもなく、なんでイルカを研究するのと言われると、研究する意味をあまり説明できないんですよね。そういうこともあってイルカの研究はなかなか進まないもどかしさがあります。

ナックとの会話はもはや夢ではない¦?=千葉県鴨川市の鴨川シーワールド

動物との会話は人の念願の1つ

 先生としては、当面はナックに動詞を教えることに取り組まれるのですか?

 村山教授 ここ数年で一定のところまで行きたいと思っています。何欲しい?何したい?と聞くとボールとか餌とか答えがかえってくる、そういうところまでいきたいと思っています。ナックはすごく記憶力がよくて、イルカの生活にとっては何も関係ないことをしているのですけど、半年経って去年の秋に教えたこともちゃんとできるのですね。ナックも面白くて、頭を使うことが楽しいみたいで、そういうのもあってよく覚えているみたいです。

―ゆくゆくはナックと会話ができる日がきそうですか?

村山教授 これまで着実にステップアップをしてきて上手く出来たので、話しができるようになるのではないかという予感はするのです。なんとなく実現できそうな感じになってきているので、夢が目標に変わってきたというところです。まだ、科学的に検証されているものはほとんどないので、だれが見ても科学的に会話をしていることがわかるようにしたい。

―本当に会話ができるようになったら凄いと思います。

村山教授 それは人間がもっている念願の1つだといつも思うんですね。テレビを見ても映画を見てもアニメの動物がしゃべってみたり、着ぐるみの動物が人に手を振ったりとか、人は動物と話しをしたいけどそれが出来ないからアニメとかキャラクターで代用しているのではないかと思うんですね。一方で、言語とはこういうものという定義があるのですが、それだけではない気もします。何が言語なのか、何が言葉なのか、そこが最後につかめればいいのかなとも思います。でも、ナックとはきっと話しができると思います、そう信じています。

【村山司】むらやま・つかさ。1960年、山形県生まれ。東京大学大学院博士課程修了、農学博士。水産庁水産工学研究所(現、水産総合研究センター)、東京大学を経て、現在、東海大学海洋学部教授。高校時代に見た映画がきっかけとなり、イルカとの会話を目指すようになり、イルカの認知能力の解明に取り組んでいる。主な著書に「イルカが知りたい」(講談社)、「イルカの認知科学」(東京大学出版会)、「海に還った哺乳類 イルカの不思議」(講談社ブルーバックス)など。

1件のコメント

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください